こっこ

反社会組織

働く意味がわからない若者が日本の労働スタイルについて検証してみた

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エドヴァルド・ムンク 「不安」

 

突然社会に放り出される

高校卒業と共に私たちはいきなり学生から社会人になります。

それまでは遅刻をせずに、ノートを写して、校則を守っていれば何も考えずにただ存在を許されていました。

けど突然社会人というラインが現れて就職という言葉に呪われたように焦り始めます。

私は自分が何者なのか全く分からなかったので、とりあえず大学進学を選びました。

まあ大学進学を選ぶことによるリスクも発生してきますが...

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バイトさえも続かない

私はまだ就職したことはありませんが、バイトは10種類ぐらい経験しました。

その中で社会のあり方や正社員の人の生き方を見ていて全く就職したいと思わなくなりました

もちろん誰もが望んで働いているわけではありません。

就職しなければ福利厚生といったメリットも、安定もなく、パートやアルバイトで安い賃金で働かされるので就職するメリットは確かにあるでしょう。

それにしても就職するぐらいなら死んだ方がマシなんじゃないか?と思うぐらいには就職したくないです。

最初は自分が社会不適合すぎるダメ人間だからだと思い込んでいましたが、どうもこれは日本のシステムに原因があるらしい、と最近気づいたので本を読んだり自分なりに考えてみました。

 

人生を丸ごと買われるような日本の労働システム

世界で一般的なのは働く側が提供する技能に応じて賃金が支払われるという仕組みです。

それに比べて日本では一人暮らしの若者の生活を最低基準として賃金がスタートし、結婚、子育てというライフステージに合わせて上昇していく仕組みです。

日本以外の国では、労働組合職業訓練に主体的に関わっているところがあります。そうすることで身につけた能力がどれくらいの賃金に相当するのか、交渉しているのですね。

ところが日本では、労働組合職業訓練に関与せず、働く側は企業が提供する職業訓練を一方的に受けるだけです。だからどのくらいの能力を身につければ、どの程度の賃金を手にすることができるのかを、企業と交渉するための基準がありません

そうなると、働く側は、ライフステージに合わせた賃金を基準にせざるを得ない。

なので自分の技能がいくらになるのか分からないし、新卒で入った会社を辞めてしまうとまた正社員になるのは簡単ではありません。

でもそれは、従業員の生活を企業活動に取り込みたい経営側にとって好都合でした。

 

会社という拠所はもう存在しない

職場とは働くことを通じた「拠所」でした。

どこかに所属しているという実感を与えると共に「なんのために働くのか」「なんのために生きるのか」という人間としての原点となる問いかけをする場所でもあります。

それが近年になって機能しなくなりつつあります。

今や職場には様々な形態の働き方があり、同じ職場で働く同僚の多くは、数年おきに入れ替わってしまい、職場で仲間意識をもつことを難しくさせています。

現在、日本だけでなく世界中で、経済発展や国際市場競争に打ち勝つことが全てに優先されるようになっているため、職場が働く人にとって「拠所」ではなく、「目標に対してどれだけの成果を生み出したか」という結果を求められる厳しい世界になりました。

 

経済のグローバル化によって崩れつつある国家レベルの仕組み

労使関係には雇う側である使用者と、雇われる側である労働者という関係があります。

雇う側は効率的に経営を行って利益を高めることを目指しますが、雇われる側は自分だけでなく家族や地域、子育て、親の介護、自分の老後も含めた事柄を背負っています。

つまり雇う側と雇われる側とでは、見ている世界と利害が異なるのです。

その調整の役割を担うのが政府であり、経済の発展と国民生活を保障する舵取りを担っています。

ですが現在、経済のグローバル化の進展が国家の枠組みを脅かしています。

かつては国内企業の成長を促せば経済発展や、国民生活の向上、社会保障制度の維持に繋がりましたが、企業が国境を越えて活動するようになると企業の成長が国内に還元されない部分が大きくなり、法人税や雇用、社会保障費などは顧みられなくなります。

政府はどの利益を代弁するべきか、そもそも国家レベルの仕組みは成立し続けることができるのか、という課題が投げかけられているのです。

 

世界全体が混乱し、誰も答えを見つけ出せていない現状に対して自分が出来ること

ようはグローバル化によって国家という枠組みが崩壊し、同時に競争社会の激しさが増している為に、戦後からの終身雇用制度は崩壊しましたという話です。

企業も国も地域も守ってくれない厳しい現状を生きていかなければならないのが今の私たちです。

そこで私は考えました。

まずはグローバルな視点を持つこと。

そして自分なりに自分が施せる技能を自負し、その能力を世界中どこでも発揮できるようにすることがまず大切。

そして同時にリスクに備えることを自分自身で行なう必要があります。

とにかく生きていくということ。

そして新しい価値の創造です。

産業革命以降もたらされた労働のあり方と豊かさの定義は本当に人間にとって正しいものなのか、他にもっと真の豊かさをもたらす価値観はないのか、それを探し続けることこそ今の私たちに求められていることではないでしょうか。

 

参考文献