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反社会組織

夢も希望もない絶望から自分自身を救う方法〜人生に疲れた人へ〜

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私は高校を卒業してから2年間浪人し、人生の意味を考えていました。

夢も希望もなかったからです。

生きるためだけに嫌なことを我慢して命を浪費するぐらいなら今死んだ方がマシだといつも思っていました。

 

グローバル化によってもたらされた貧困

もう終身雇用制度も崩壊し、国も地域も誰も助けてくれない貧困の時代になりました。

夢?希望?明日生きていくだけで精一杯だよ。

という感じだと思いますが、逆に考えてみました。

安定も年金も保証してくれない国や企業の為に働いて税金を払うことに何のメリットがあるのでしょうか。

どちらにせよ誰も先が見えず安定なんてものは存在しない世界で、何のために嫌なことを我慢して生きるのでしょうか。

ここまで絶望的な状況に来たら開き直るべきではないでしょうか。

 

そもそも夢も希望も持たなくていい

なぜこんなに裏切られたような気分になるのか?

考えてみればそもそも夢も希望も持たなくて良かったものです。

それを子供の頃から持たされ、メディアや広告は人々の欲望を掻き立てるように劣等感を刺激してきます。

モデルや芸能人みたいに綺麗じゃなければダメだとしたら、何十パーセントの人が劣等感や不満を抱きながら生きていかなければならないのでしょうか。

そんなものは幻想です。

ほんの数パーセントの人間を祭り上げて商品を売るために劣等感を持たせる戦略です。

無視しましょう。

 

全ての仕事はキツい

この世の全ての仕事はキツいです。

ただ、その中で向き不向きがあるというだけです。

内気な人が接客をやるのはしんどいけど、お喋り好きな人にとっては楽勝、という違いがあるだけです。

自分の性格を客観的に捉え、なるべく向いていることを仕事にしましょう。

砂漠で魚は生きられないし、北極でバナナは育ちません。

 

一度死んだつもりで生きる

私は浪人時代、何度も自殺を考えました。

生きていることがやりきれなかったからです。

嫌なことを我慢して夢も希望もないこの国で税金を払ってボロクソに働かされるだけの人生なんて納得できなくて無力な自分に腹が立って悲しかったからです。

死は人間に残された最後の尊厳です。

やりきれない、悲しい、悔しい、だからせめて死を選ぼうと思っていました。

だけど、もし、今死ぬぐらいなら、この命はなかったも同然なのだからどんなリスクも取れるし、このまま死ぬぐらいならこの命を賭けてやりたい放題やってみようか?と思いました。

奨学金は死ねばチャラになるのだし、今死ぬなら大学を卒業したら死ねばいいと思いました。

 

地獄のような義務教育をクリアしたのだから

義務教育の生活さえ私には地獄でした。

いつもいつも劣等感と罪悪感で我慢して我慢してそれでもルールを受け入れて来たのに社会は18歳の私を死に追いやりました。

こんな思いをするためだけに生まれて来て死ぬなら最後に思い切り自由になってやりたかった。

それから第2の人生が始まりました。

だけど我慢を辞めて、正直にただ思うがままに生きることはとても楽しかったです。

そして何故かそんな生き方を選んでから夢を見つけました。

今はそれがあるから生きているし、貧困にも耐えられます。

 

最も冷めた目で夢を見よう

夢は甘い考えの人やお花畑な人が見るものではありません。

最も絶望し、冷めた目を持ち、真実を見つめ続けた人が、その冷め切った目で見るものです。

死んだ方がマシを超えた絶望の中にあるものです。

それを見つけてください。

そして死ぬぐらいならデタラメに生きてください。

ポッケの中の百円玉みたいにいつか出てくるものもあります。