こっこ

反社会組織

人にどう思われるのか考えるのを辞めるだけで人生が楽しくなる

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人間には人にどう思われるのかを考える人と、考えない人がいる。

今日は人にどう思われるのかを考えないで生きることのメリットを紹介する。

 

ストレスが激減

ストレスとは矛盾である。

「こうしたい」と「こうすべき」という自己と現実の矛盾がある時にストレスを感じる。

全ての行動が「こうしたい」からする、で出来ていたらストレスは殆どなくなる。

 

本質を見抜けるようになる

例えば

「流行外れの服を着たらダサいと思われる」という考えのもと、毎回新しい服を買っていたとしたら、それは違う価値観の人から見れば「資本主義社会の価値観で生きている人」となる。

この考えを続ければ、「今の資本主義社会に適応し、受け入れて生きている人」になる。

この時点でもうすでにファッションからは逸れている。

ダサくみられたくないならお洒落をすれば良いが、お洒落な服が分からないから社会的価値観に合わせて流行っているものを着る。

これはお洒落ではない。

お洒落とは、自分のセンスで良いと思う服装をすることであり、周りの価値観に合わせることとは違う。

周りに合わせていくことは基本的に本質から逸れていくということだ。

 

無駄なことで精神を消耗しない

自分の意思を持っていれば、日本ではどこへ行っても変な人になる。

物の持ち方ひとつ取っても、みんながやっているやり方と違うことをすれば変な人、捻くれ者と言われる。

だがそれは、本当はみんなが変な人と思われたくないから過剰に周りを意識しているだけのことである。

本質を考え、その考えのもとで行動すれば、行動原理は自然界の法則である、物理や化学の原理にまで行き着く。

その法則のもとに生きれば最も正しいのだ。

だから誰にどう思われようと気にならないし、無駄な精神を消耗しなくても良いことが分かる。

 

好奇心が止まらなくなる

「周りにどう思われるのか」から離れ、「どうすれば一番正しいのか」ということを考えて生きていくと、例えば物の持ち方ひとつでも物理的な重力や人体の構造という視点から物事を見るようになる。

どのように持てば一番楽に持てるのか、負担がかからないのか、そういうことを考えると数学や理科が必要になる。

勉強とは本来そういう思考力を鍛える為のものである。

自分で考えることを始めると好奇心が沸き起こってくる。

単純に楽しいのだ。

この自然界を観察し、本質を見抜き、考察し、行動する。

そのように生きると本当に些細なことにも面白さを発見することが出来る。

洗濯、料理、生活など全てが繋がっていて、日常は面白いことで溢れている。

 

退屈な大人たちに騙されるな

私たちはいつまでも子供でいることが出来る。

好奇心を失った時から老化は始まる。

退屈な顔をした大人になりたくなければ彼らの言うことを聞いてはいけない。

腐ったものの近くにあるものは腐る。

食べ物でもそうである。

腐敗は近いものから伝播していく。

だから近づいてはいけないし、もちろん食べてはいけない。

つまり鵜呑みにしてはいけない。

食べふりをして吐き出そう。