こっこ

反社会組織

承認欲求が無くなれば人生はイージーモードなのじゃないか?

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タイトルの通りだが、ふと思った。

クラスメイトの中でも、こいつにはどう思われてもいいやって奴がいて、そいつの存在ってどうでもいいし、ストレスはゼロだ。

だけど中には会うだけで緊張したり、疲れを感じる人がいる。

なぜだろうと考えて、そういう人はきっとその人に認められたい、否定されたくないという気持ちがある。

だからいちいちアレコレ考えてしまって疲れる。

なぜそいつが認めてくれることに意味があるのか?

きっと様々な価値観の中でそいつの存在の地位が高いと勝手に認識していて、それに認められる=自分の存在が認められるという構図が出来ているのではないだろうか。

例えば教授や、何らかの賞をとった人などはなんかすごそう、とか。

クラスの人気者に嫌われたら=クラスの中で立場が不利になる、とか。

 

けどそれって認められたから自分が変わるわけじゃない。

無意味な疲れなのかもしれない。

もしもそういう欲求がなくなって、全員がどうでもいい人になったら、どんな自由があるんだろう。

世界を蔑んで自分の殻に閉じこもることとは違う、本当の自由な心になれたら、どんなに世界はイージーモードになるんだろう。